7巻は、山崎の合戦編が終了。
清州会議の直前まで。



山崎の合戦編が終わって、これまでの巻を読み返してみました。
「民のエネルギー」をどう扱うかというのがテーマですかね。

信長は、下克上という形で民のエネルギーを発展につなげようとした。
光秀は、民が成長し民が治める国を作る。
秀吉は、
民を導くことは出来ん
国なぞ泡沫の舟
ただ現の不満に添い欲を宥め
一歩ずつ成長を見守るしかねェ

堀秀政の
この解放の感は――
将兵一同 長年の枷が外れたのか

我ら半ば諦念していた――
明智 羽柴 柴田らを超ゆること能わぬと
が―――今は違うっ
次世代の時が到来せんとしておる
これは、世間では下克上の時代は終わっているという認識だったということですね。

下克上という形がうまく回らなくなった時に、信長は「唐入り」をしようとし、光秀は違う形を選んだと。

そして秀吉は
――そして上様
貴殿を越えねばなりませぬ
 
是非もなく否が応にも動いておりまする
一統へ――
その先の日ノ本へ――

秀吉が日本の統一を果たしたときに、結局はまた「唐入り」を選ぶことになるわけですが、そこはどう描かれるのかが楽しみです。


秀吉とお市の方との関係ですが、「秀吉はお市の方に惚れていた」という俗説を信じてましたが、Wikipediaを見ると
「あくまでフィクションであり、信頼できる史料の裏付けはない。
近年は、羽柴秀吉の仲介を伺わせる書状から、秀吉の仲介であった説が有力となっている。」
ということみたいですね。

茶々は淀殿としていずれ秀吉の側室になるわけですが、それは賤ヶ岳の戦いで勝家が敗れた後のことのはずなので、その辺りがどう描かれるかが楽しみです。
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